野洲川田園空間博物館 その2
中村さんとの守山歴史散歩は続きます
市内の中ほど、赤野井町には
諏訪家の屋敷が残っています。
諏訪屋敷については
過去のブログもご覧ください
江戸時代に周辺いくつかの村々の庄屋をまとめる大庄屋(おおじょうや)を務めていた諏訪家は
屋敷裏の潜り戸から天神川を経て、琵琶湖赤野井へ、そこから大津方面へと
米などの物資を運搬していました
築約250年になる立派なお屋敷
クリックすると大きい画像を見られます
潜り戸 ここから荷物を運び出しました
今では車や電車で出かけるのが普通ですが
江戸時代~昭和30年代までは
琵琶湖を船で行く
湖上交通が人々の大切な足だったのです
現在の浜大津港
昭和24年(1949年)、中村さんは小学校の遠足で、赤野井湾から浜大津港まで乗船して、
鉄道に乗り換えて京都に向かったんだそうです
その頃は
船員さんが琵琶湖の水を汲んでお茶を淹れてくれた
だれもそれを当たり前だと思っていた。それぐらい水がきれいだった
と感慨深そうに振り返っておられました。
当時栄えた
野洲浦港の跡には石碑が
みなさんも今お住まいの地域で探してみたら
面白い・奥深い歴史や文化に触れられるかもしれませんよ
野洲川田園空間博物館 HPはこちら
http://www2.ocn.ne.jp/~yasugawa/
こちらもご覧ください
関連記事
NPO法人びわこ豊穣の郷からのメッセージ
守山の水辺百選
akiko
関連記事